「ぼくは愛を証明しようと思う。」感想

女性からの酷い仕打ちで打ちのめされた青年がナンパの師匠に出会ってナンパの技術を身につけて女をとっかえひっかえしながら成長していき「愛とは何なのか」みたいな哲学を始める小説・漫画作品「ぼくは愛を証明しようと思う。」の感想です。

主人公の成長物語

この作品の主人公は最初彼女に浮気されるなどボロクソにやられるんですが、それはあくまで「やり方を知らなかったから失敗しただけ」。ナンパの師匠に出会い、教わる段階になると気持ちいいくらい素直に教えを吸収して成長していきます。

相手が既に自分の理想とする状態にある場合、パクるのが理想実現のための最短経路です。ナンパの師匠が下劣なことをやっているなら、主人公も下劣なことをすべきです。今まで自分の感覚に頼ってやってきて、その結果モテていないんですから自分の感覚なんて信じちゃいけません。それをこの主人公はよくわかっています。

すごいナンパ師を見掛けたところですぐに土下座できる思い切りがあり、「試行回数を稼げ」と言われればしっかり試行回数を稼ぎ、失敗すれば素直に相談し、自分を変えるよう言われれば素直にどんどん変えていく。そりゃこんな逸材めきめき成長していきますよね。彼の姿勢は見習うべきかもしれません。

エロゲオタクの感覚はおかしいという当たり前の話

エロゲでは「好感度を稼いで恋人関係になる」みたいな流れが一般的です。典型的な恋愛シミュレーションゲームですね。

しかし本作ではこれを 「フレンドシップ戦略」としてばっさり切り捨てます。「ただの友達の男」と分類されて「恋愛対象」にならなくなるんですって。なるほど。

エロゲはエロゲオタクが楽しめるように設計してあります。エロゲオタクの恋愛観は「好感度を稼いで恋人関係になる」なので、そういう設計にした方が売れる。だからこうなっているだけなんですよね。忘れてました。エロゲは非現実でした。

私たちは現にモテていないからエロゲをやっているのであって、つまり私たちの感覚は終わってます。どうしたらモテるかはわかりませんが、とりあえず不正解はわかりましたね。私たちがいいと思ったら大体外れです。私たちの感覚は終わってるんですから。好感度を稼いでも恋人関係には至りません。

「そのキレイな肌 フォトショップで修整してるだろ」と冗談を言って女性がウケる、というシーンがあります。私たちなら「は?何言ってんだこいつ」ですよね。でも私たちは女性の感覚なんてさっぱりわからないエロゲオタクなので、まず疑うべきは自身の感覚です。実際ウケるかは知りませんが「は?何言ってんだこいつ」が正解とも限らないんです。

共通の連絡手段を持つ大切さ

今作での主な連絡手段は「LINEのようなもの」です。以下面倒くさいのでLINEと言っちゃいますね。主人公はLINEの入ったスマホを持っており、ナンパ相手の女性も皆さんも持っています。さらっと流しそうですが重要なポイントです。

オタクの皆さん、ちゃんとLINEの入ったスマホ持ってますか。ガラケーじゃないですか。パソコンがあるからスマホなんていらねぇよってなってませんか。

「LINEの入ったスマホ」がないのはヤバいです。「他の人とはLINEで会話できるのに、この人とはメールでやらなきゃいけない」って面倒くさいので。「友達や彼氏がほしい」としても、それがあなたである必要はないので、少しでも面倒くさいと感じたら、あなたは友達・彼氏候補から除外されます。わざわざ外国人と交流しようと思わないじゃないですか。あれは外国語が面倒くさいからですよ。母国語で喋る方が圧倒的に楽ですよね。それと同じ現象が「LINEできる人/できない人」でも発生します。

そういうワケで、モテたい・友達になりたい相手と共通の連絡手段を持ちましょう。

共通していることが大事

スマホはガラケーより使いづらいとか、LINEは機能がどうとか、使わない理由はいくらでも思いつきます。けど大事なのは「共通していること」です。デメリットなんて「共通していること」の前では些細な問題でしかありません。

いくらガラケーが使いやすくても、相手と通じなければ意味がありません。LINEよりもっといい機能を持つ通話アプリもあるかもしれませんが、多くの人が使っているのはLINEです。だから「LINEの入ったスマホ」なんです。

総評

ナンパの指南書として優れているのかはよくわかりません。ナンパに活用していないので。ただ、学ぶことの多い作品ではあったと思います。

エロゲオタクの私たちにとっては、現実離れしたエロゲの世界に浸り続けておかしくなった感覚をマトモ寄りに戻す薬として機能するかもしれません。私たちの感覚は狂ってます。この作品は、エロゲは劇毒物だという当たり前のことを思い出させてくれました。