「引退宣言した人が戻ってくる現象」はなぜ発生するのか?

趣味をやっていると「引退宣言してやめた人が戻ってくる」という現象を割とよく見ると思います。今回はあの現象についてお話ししましょう。

引退宣言してやめていった人に何が起こって戻ってくるに至ったかというと、まず彼らがなぜ趣味をやっているかという部分から理解する必要があります。

彼らは「趣味そのものが楽しいこと」だけでなく「その趣味を通じて良好な人間関係を構築すること」も重視しています。一方で私たちみたいな変人は「趣味そのものが楽しいこと」だけで趣味を選びます。

私たち変人は「趣味が楽しいこと」のみを条件に趣味を選んでいるので、楽しめなくなると何の未練もなくなり、そのまま旅立ってしまいます。というより、別の楽しめる趣味を見つけると徐々に移行していき、いつの間にか前の趣味が生活から消え去っているという方が正しいかもしれません。そりゃ戻ってきませんね。転職先が決まってから退職願を出すタイプ。

それが引退宣言する人の場合は、趣味そのものが楽しめなくなってもその趣味で繋がった人間関係は良好です。同じクソゲーを耐え忍んだ仲間として、むしろ結束力みたいなものが発生しているかもしれません。でも趣味そのものはクソで耐えらんない。そうすると我慢の限界までその趣味を続けて、ある日耐えきれなくなって爆発します。ギリギリまで良好な人間関係に支えられて続けてしまうんですね。

それでとりあえず引退宣言して次の趣味を探し回るわけですが、これは転職先を確保せずに退職した経験のある方はわかるかと思いますが、再就職先ってなかなか見つかりませんね。ハローワークで求人情報を探してもアレで。あの現象がここでも発生して、なかなか次の趣味が見つかりません。これまでその趣味一筋でやってきたので、もう次は何をどうしたらいいのかさっぱりわからないんですね。そして無趣味状態に耐えられなくなり、少なくとも良好な人間関係は残っている前職に戻ってくることになります。

 

こうして考えてみると私たちでは理解しがたい「引退宣言する理由」も何となくわかりますね。私たちは趣味そのものしか見ていないので、趣味であまり熱心に人間関係を構築せず、そしたらお別れの挨拶をしようなんて発想も出てきません。「もう縁の切れる相手だし挨拶とかいらないじゃん。そもそもあまり話したこともないし」って。

一方で引退宣言する人は趣味を通じて人間関係を構築しているので、そしたらお別れの挨拶をする気になるのも不思議ではありません。「目立ちたいだけでしょ」「引き止めてほしいだけでしょ」―そういうのもあるかもしれませんけど、ホント単にお別れの挨拶なんじゃないでしょうか。